seigoy's diary

旅人間。山やスキー場、京都、アジア中心に彷徨ってます。それに伴って、カメラや車、パソコンが大好き。

大糸線

CS放送のスカパーが2週間だけ無料とのことで視聴してみる。そこでヒットしたのが、めちゃマニアックな鉄道番組『みんなの鉄道』。見たのは大糸線の回で再放送らしく、糸魚川のレンガ車庫もあったし、国鉄色気動車も走っていた。ネットで調べてみたら今や廃止されたらしく、最後に乗ってみたかったなぁと悔やむばかり。
大糸線といえば、高山本線と共に懐かしい思い出が詰まった路線。
一番古くは中学時代、友人と高山の祖母の家に行こうと、中央本線で松本まで行き、そこから大糸線で糸魚川まで行った素晴らしい景色に感動したことを覚えている。糸魚川からは富山経由で高山へ。全て鈍行列車の旅だった。
2回目は高校2年の夏、部活の夏合宿で白馬岳に登った時だった。初めての北アルプスでテント泊という過酷な山行でも、4泊5日一度も雨が降らず最高な思い出。そんな山から下り、帰りは青春18切符で大糸線、中央本線に乗った。山行の緊張感から解き放たれ、めちゃ楽しかった事を覚えている。下界に降りて100円で買えるようになったジュースを何本も飲み、先輩なんか清酒白馬錦の瓶が割れたと言ってビニール袋に入れウワバミを飲んでいた。面白かったなぁ。
大学時代には何度も乗った。大学に入り理想と現実のギャップに悩み、夏休み入ってすぐ夜行急行『ちくま』で松本まで行き、大糸線で白馬へ。山小屋で働こうと思って行ったんだけれど、どうせ断られるんだから長旅も出来るようテントも担いで行った。でも、猿倉荘という山小屋の従業員方々がすごく良い人ばかりで、それから1ヶ月以上も働かせて頂いた。そして毎晩のように飲みながら話を聞いてもらい、再び大学に行く気になった。この猿倉荘がなかったら、今頃どうなっていたんだろうと思う。それからは、忙しい時には「手伝ってくれ」と呼んでもらい、冬はスキー場に居候させてもらい、その度に大糸線に乗った。苦くも甘くもある思い出が詰まった、大糸線。
社会人になってからは車ばかりで、全く大糸線に乗っていない。久々に完乗したくなっちゃった。


2012/01/27


2013/01/04